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大家さんのひとりごと




2005年01月28日

もっと全体を見てみませんか?

「ものづくり」ということにこだわり始めたのは、
現在のクルマに買い換えるときでした。

常日頃から二言目に「ベンツは・・・」といってしまうので、
「先生はほんとうにベンツが好きなんですね。」と言われて然りなのですが、
実のところ、「ベンツは・・・」と発する意味合いは別のところにあります。
たいていの場合細かな返答が面倒なので、
相手様に非礼きわまりないのはわかっているのですが、
「ええ、そうですね。」としか答えないことの方が多いのです。

日本は世界に冠たる技術先進国であることは、皆さんと同感です。
殊にハイテク関連には、めざましいものがありますよね。
現に、日本国のTOYOTAの技術は、
世界最高峰の技術を持つと自負してやまなかった
ドイツ共和国の「ベンツ」をも震撼させたのですから。

世界の大企業や研究機関が注目しているのは、
ハイテク関連機器の完成度もありますが、
むしろ、その機器を支える部品を作る技術の方でしょう。

100分の2mmの誤差をも許さない加工技術や、
ステンレスの研磨技術などは文句なしに天下一品。
銀食器を作らせれば、
その方面ではことのほかこだわるイギリス人をもうならせる。
はたまた歯車にいたっては、
顕微鏡でしか確認できないような小さなものまで作り上げてしまいます。

でも、これらの素晴らしい技術を支えるのは、
大企業ではなく町工場の職人さんたちなのです。

銀製品なら新潟の燕市の町工場の職人さんたち。
宇宙船の部品なら、
東京都の下町の工場に世界一の研磨技術を持つ人がいる。
電気製品の部品やクルマの部品なら、
それこそ全国各地にまるであたりまえのように存在します。


私が「ものづくり」にこだわり始めることになったのは、
あるクルマとの出会いでした。
ベンツ以外のヨーロッパ車とだけ申しておきます。

その試乗車にまず驚かされたのは、素晴らしい直進安定性でした。
時速100km以上の速度を出しても(本来なら道路交通法違反ですが)
ハンドルはぶれることなく、悠々と走る。
湾岸道路に吹く強烈な横風に翻弄されながら苦戦する国産車を横目に、
横風に流されるどころかビリッともせず、その様子はむしろ横風を切り裂くようで、

しかも運転者である私に絶対的な安心感を与えながら、悠然と走りました。
そして、なによりも私の心をとらえて離さなかったのが座席でした。

それまで私が乗っていた国産車が
たまたま出来の良くないものだったのかも知れないし、
椅子の座り心地云々の議論となると、
それこそ人の好みは十人十色で、
ひとつにまとまることは、まずもってないでしょう。
「理想の椅子」の理論は、
その分野を解明するだけで博士号が取得できるくらいに、
複雑で難しいのだそうです。

こののち、現在のヨーロッパ車に巡り会うまでというものは、
自分に合うクルマとはどんなものかを自分なりに研究する毎日になってしまい、
そうしていくうちに、ある疑問が生まれたのです。
更には、いつしかその疑問はクルマだけにとどまらず、
あらゆる製品に対して向けられることになりました。

それぞれの部品はどれをとっても世界一なのに、
これを組み上げて製品化したら、
その途端に世界一の製品という誇りと魅力が薄らぐのはなぜか?
もしかしたら、日本人は部分部分を見るのは上手だけれど、
それらが組合わさってできた集合体、つまり全体を見ることが苦手なのではないか?


あえてクルマにだけに限定すると、
よく走るけれど、座席がイマイチ、
デザインはかっこいいけれど乗降がしにくい、
走行性が不安定なのに内装や装備だけが立派・・・・・・。
すべてがバランス良くそろっているクルマはないのかとディーラーに尋ねると、
「あることはあるのですが、驚くほどお値段が高くなってしますよ」という始末。

そして、最近になって行き着いた答があります。
日本には機械文明はあっても機械文化がないのではないか、ということです。

コンピュータの驚くばかりの高性能、
まるでコンサートホールで音楽を聴いているような気持ちにさせるステレオ技術、
音楽CD原盤の内容を、あっという間に別のCDディスクやMDディスクに
そっくりそのままコピーしてしまうデジタル録音技術、
人体にメスを入れずして患部を治療してしまう革新的な医療技術・・・。
でも、これらは文化ではなくて文明です。

自然の山を背景に取り入れ、
その大キャンバスに金閣という
見事な建造物を築き配したのは足利義満。
贅(ぜい)を慎み、ひたすら侘寂(わびさび)の境地を追い求めたのは茶人・千利休。
風よ無情に吹くなかれと散りゆく桜を惜しみながら、
花は桜に限ると和心を歌い上げたのは柿本人麻呂。
言わずもがな、これこそが誰もが認める文化です。

文明とは人間の英知を結集して作り上げた技術力のことであって、
確かにすごくて驚きはするけれど、感動はしません。
対して文化は、文明というレベルなどとっくに超越してしまって、
それを見る人や、それに接する人に感動を与えることができるのです。

悔しいけれど、特にクルマに限ることかも知れませんが、
馬車文化を持つヨーロッパには、駕籠かき文化の日本人には
到底かなわないのかも知れません。

結局、試乗したヨーロッパ車がいたく気に入ってしまって、
現在も、どこへ行くにもそれに乗っているのです。
それは、機械的な出来の良さもさることながら、
どこを取り上げてもバランスが絶妙で、
走行性とか性能云々の文明の域などはとっくに超越してしまっていて、
扉を開ければヨーロッパのクルマ文化がそこにあるような気がしてなりません。
それは、ちょうど、
古寺の枯山水の庭を建物の中から見ているようなかっこよさと似通っています。

部分部分を見ることができても、全体を上手に見ることができない日本人。
これって、現在の日本の社会全体に言えることではないでしょうか。
京都の古寺のそばに異文化のはずの「ベンツ」を置いても、
不思議と絵になるのはなぜか?
それはきっと、文化という域で同じレベルに達しているからでしょう。
クルマはその国の工業技術の集合体、つまり文明の集合体であり、
社会を反映する代表的なもののひとつになっています。
京都の古寺のそばに置いて似合うクルマがどんどん生まれてくれば、
日本のクルマ社会も文明の域を飛び出して文化となるのです。
それは同時に、日本の民度のレベルアップになり、
社会全体のレベルアップにつながっていくはずです。
たちおくれている「文化」の方を何とかしないと、
日本は良くならないのではないですか?

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